ポルトガルAAR イベリアン・アップデートはカスティリャと仲良く(その7)
ここまでのあらすじ
絶対主義の時代 Age of Absolutismに突入
宗教改革の時代 Age of Reformation は全ての特典をコンプして終了。
世界貿易から10年経ち、ついに絶対主義の時代 Age of Absolutismに突入した。
- 交易会社の条件はすでに達成済み。
- 絶対主義は当然ゼロだが、和平のタイミングで一気に上げるつもり。
- 複数文化は取れば多分達成できる。
1611年、ポルトガルの現況
スペインとは一触即発の対立状態
トルデシリャス違反に激おこのスペインとは一触即発の対立状態のままだが、両国ともアジア・アフリカの権益分割に精を出しており、お互いにライバル指定すらもしていない。
包囲網形成の危機
包囲網を形成されないよう、停戦明けたら即・宣戦を徹底していたがモレがあったらしく、危うくソンゲーに包囲網を組まれそうになった。
2国めが参加する前に宣戦布告し、その場としては事なきを得たが、停戦期間外の激おこ国家がソンゲー含めて4か国以上存在してた状態になっていたということなので、よほど注意しないと、本格的に包囲網を組まれるのも時間の問題だといえる。
・・・と思ったら、マラッカが包囲網を形成し始めた。
過去に痛い目にあっているので、とにかく小さいうちに潰す。
激おこ(稲妻レベル)
- ヨーロッパでは、ライバルのフランス(ブルターニュを属国化)、ライバルのオスマン、スペイン(トルデシリャス違反)
- アフリカではティンブクトゥ(自分の属国なのだが…)、ソンゲー(残り1州)
- アジアではブルネイ、マサッカル(いずれも戦争中)、パサイ(さっき戦争した)
属国は5つもある
外交枠は5だが、属国が5つもあるため外交関係は7となっており超過している。
- このうち10年経過しているマリ(アフリカ)
- あと3年で外交併合可能となるオパタ(新大陸)
などは、早く併合して外交枠を空けて同盟国を増やしたいところ。
ティンブクトゥは、もう返還すべき中核州もないので、永久に無理かもしれない。そのうち戦争に負けたさいの代償に差し出すか…
同盟国はオーストリア、サヴォイ
サヴォイはフランス攻めのつもりで同盟したが、いまやフランスとも同盟しており役立たず。オーストリアも中途半端な戦力になっているが、隣国ベネツィアヤハンガリーを攻めたときに攻撃的拡張が貯まり、敵に回ると嫌なので、同盟は維持しておく。
女帝は健在
女帝ジョアナは、うだつの上がらない婿をサヴォイアから迎えており、いまだ健在。先王の弟を廃嫡し、後継者に据えた息子アントニオもすでに成人しており安泰。
なお現在、アジアで大型船刈り取りキャンペーン中なので、初めて外交アドバイザーを海軍式上昇の奴にした。
アイデア ideas と制度 institution
以前に取った別のアイデアとかで、外交アイデアコストが低下しており、早くもコンプ寸前まで来ている。
制度は世界貿易だが、これは自動的に全州に伝播するようで、しばらく放置しておけばよいようだ。
リーダ leaders
移動6の提督は、さすがに引退したが、他の2名はまだ勤続している。
多分40年くらいになると思う。
陸軍の将軍は海軍の提督よりも入れ替わりが激しく、一人も残っていないので、かなり差がある印象だ。
小型船で大型船を狩れるという。
勤続40年のフェルナンド・デ・マガリャエス 6-3-1-1 は、海軍士気上げ大臣とセットにするとかなり強力なようで、小型船で大型船を圧倒できている。
この海戦では3隻を捕獲するという大戦果を挙げた。
諸身分 estates
ブルジョアとの取引を目一杯使った後、イベント選択を誤って影響100%にしてしまうという致命的なミスを犯したが、その後 Low Trade Income -5.0% のペナルティが付いたために助かった。
征服により、過剰拡大70%以上になったことが影響したのだろうか。
とにかく助かったが。
各地の情勢
- 西アフリカは、ティンブクトゥ以外には、1州しかない国が3つある
- 東南アジアは、目下、征服強化中。ポルトガル、スペイン、それらが乱した平和を衝いて地元のマラッカなどがハイエナをしており大荒れ。
- 明の天命は100に張り付いており、手が出しづらい。
開発300以上のアジアの国が隣接すれば、天命はみるみる低落するという話だったと思うが、今のところ、そういう事態にはなっていないようだ。
とりあえず、朝貢国になっていない国から抑えていき、じりじり切り崩すしかなかろう。
1611年、マカッサル・ブルネイ戦争
あまり注意を払わずに、マカッサルの同盟国全てを共戦国に指定したら4か国の参加となった。ブルネイ以外は雑魚なんだけど。
1614年、フランスが宣戦布告してきた。
領土奪還の普通の戦争なので、包囲網に加わっているオスマン参加しないし、別の戦争中のベネツィアも参戦しない。これなら何とかなるか。
両方に同盟していたサヴォイは防戦側のポルトガルに付いた。オーストリアは参戦せず、同盟は終わった。外交枠が1つ空いたので、オランダとの同盟にでも切り替えるつもりだ。まだ枠を2つも超過はしているけれど。
本土へ回航中、インド洋の小島に取り残されたスペイン陸軍の大軍を発見。
パサイ攻略軍のつもりらしい。早く行けよ。
ベネツィアがフランス側で途中参戦。
教皇領との別の戦争が終わったところで、ベネツィアも参戦してきた。
またダルマチアが完全封鎖されているが、今回は陸軍・海軍ともに引き払っているので、ダルマチア要塞のみでの持久戦となっている。
包囲網にマラッカ、スペインも加わってきた。
開戦後に加わってきたので、実質的にほとんど無害。
但し、終戦後はこの2国の包囲網が残るはずなので、ゾロゾロ他の国も加わってくると想定される。
本土のフランス軍はひどく消極的
5万近い陸軍がいるはずなのだが、なぜか攻城戦を妨害しに来なかった。
一体どうしたのか?と思っていたら、いつの間にか植民地でやりたい放題されていた。
あと3万ほど、所在不明になっていたが、意外なことにカレー付近に集結していた。
ヴァロワに入ったときには、実にヤバかった。
しかし、何故か襲ってこなかったので、ポルトガルとサヴォイは尻に帆かけて南方へ逃げ出した。
こちらが引き下がると、南方へと反攻してきた。
すぐには追ってこなかったフランス軍、こちらが退がったら追ってきた。
東方からはベネツィアの大軍が攻め寄せて来て、ノヴァラでポルトガル・サヴォイの連合軍と会戦となり、ほぼ同数だったが、負けてしまった。
フランス本土の攻城戦は進捗率64%、85%になっても陥落しないというダイス運の悪さに祟られており、いまいち進捗がよくない。
この後、自領のフィリニステレ要塞は奪回し、フランス側の要塞2つを陥落はさせたが、野戦でフランス軍に敗れてしまったため、残り2つの要塞攻略は間に合わないものと判断。
フランス・ブルターニュの海外植民地4つを貰って手打ちとした。
大英帝国の海軍が、セビリャ交易圏を荒らしている。
3分の1をもっていかれている。フランス海軍からも大型船を捕獲して10隻になったことだし、交易戦争でも仕掛けるか?
しかし向こうは移動5の提督なので、捕獲できないかもしれないので止めとく。
数年後にフランスで宗教内乱が起きた。
プロテスタント支持と出ているが、特にフランスで何か起きているようには見えない。
1618年、第二次スンダ戦争
前回の戦争で、スンダに中核州を大量に保有するパレンバンを属国にした。
その中核州を取り換えす建前で開戦。
マラッカに領有権主張を持つパタイを属国にし、中核州を大量にパレンバンに返還。スンダは残り2州になった。
絶対主義を上げるために自治度下げたら、叛乱リスク大幅増
とりあえず30までは上げた…もっと高自治度の州をくれ(*´Д`)
いちおう人文主義などが利いているので、見た目ほどには危険ではない。
まだ自治度を下げていない州であれば、叛乱鎮圧に失敗しても気にはならないし。
でもオランダと比べれば平和そのもの。
オランダには8万以上の叛乱軍が湧き、スペインは取り返す努力すらしなかったので、州と叛乱軍がオランダに併合された。
こんなに居ても仕方ないのでオランダは即刻、解体していたようだ。
ポルトガルに譲ってほしいくらいだわ。
明の海軍が現れ始めた。
特に戦争もないようだが、大規模な輸送船が南シナ海に現れ始めた。
漢字なので、すごく目立つ。
1624年、第二次オスマン戦争
オスマンがエチオピア攻略を始めて暫く経ったところで、同盟国フェザーンに宣戦布告。包囲網の切り崩しを図る。
エジプト方面には大軍がうろついている。
エジプト方面には、エチオピアに行軍中、もしくは戻ってきた大軍がいた。
偵察用の傭兵部隊を慌てて逃がす。
バルカン半島方面はもぬけの殻。
一方でバルカン半島方面は、まったくの無人。
順調に攻囲戦を消化してイスタンブールに再び迫る。
陸戦は勝ったが、海戦は散々な結果に。
陸軍輸送中に、うっかりオスマン海軍の主力に捉まってしまった。
離脱はできたが、折角貯めた大型船をまた2隻失った。オスマンに大型船の半数をやられたことになる。
なんだかんだで、ベネツィアとオスマンにはけっこうな数の海軍がやられてしまった。海軍上限の半分くらいしか船が無いし、探検が終わったため海軍伝統も60前後から伸びなくなったので、そろそろ造船でもするか…
そろそろ潮時と見て、和平する。
イスタンブールを落として、アナトリアに入った。
海岸沿いではないので、敵の陸軍の動きがよく見えないため危険度が高くなってきた。シリアの方には、叛乱鎮圧中ではあるが、かなりの大軍が居るようだ。
首都を陥として戦勝点もそこそこになったので、3州割譲で和平した。
クリミアを独立させる。
オスマン戦争の後モ、アジアで戦争を続けていたので、ちょっと後になってしまったが、クリミアを独立させた。
1626年、パサイ戦争
オスマン攻略中に、アジアに残した余りの軍勢でパサイの隣のどうでもいい国(スペインとほとんど同じような黄色だったので、しばらく国があることに気付いていなかった)を攻略していたが、その途中でパサイとの停戦が切れた。
オスマンからの帰還兵を輸送船で一気にアジアに送り込み、3州奪って和平した。
戦は大したことなかったが、過剰拡張90%超えとなったほか、不穏も高くて2年後にはとんでもない数の叛乱軍が湧いた。
4万近くの叛乱軍が湧くので、叛乱が発生する州には傭兵20個を置き、他には騎兵やら砲兵やらを待機させておいた。今にも発生しそうだったので、陸軍維持費も2段階くらいは上げた状態で待ち伏せ。
1628年、明がついに動く
いや、前から動いていたとは思うが見えなかったんで。
明はアユタヤ相手に朝貢要求の戦争を仕掛けているようだ。
弱気になったアユタヤに脅迫すれば、戦争しなくても州がもらえると分かったのだが、それでもあえて仕掛けるか…
20年に一度の大安売り
聖職 Clergy の影響力を嵩上げしていたイベントの効果があと数か月で切れるので、97%だった影響が100%になるように適当に土地を与えて微調整の上、行政君主力200を獲得した。
もっとも与える土地を捻出するために、中核化を行ったりしたので差し引きすると行政君主力150の場合と差はなくなってしまったのだが。
栄華 800 が貯まって、絶対主義 毎年 +1 を取得
後継者が建設コスト 1割引なので、世代交代したら大学を建てようと思っていたのだが、女帝は意外と長生きで 50歳だが現役。貿易会社3つ、陸軍200超えの2つで繁栄を貯めた。
1629年、明・オスマン・マラッカ戦争
マラッカは明の朝貢国で、オスマンとも同盟しているのだが、いつまでも放置しておくと再び包囲網作られるだけなので、こちらから先制することにした。
まず明に攻められて弱体化したアユタヤを脅迫して、1州もぎ取ってからマラッカに宣戦布告。いまだにエチオピアを攻略中のオスマン、明は当然参戦してきた。
オスマン、明ともに戦争を切り上げて、反攻を仕掛けてきている。
最初は3万弱の軍がポツポツと来ていたが、次第に数が増えて、いつの間にか10万越えの明軍が、このせまいマレー半島に密集する事態に。
砲兵を中東方面にしか配置していなかったため、マラッカの首都を陥落させることができないまま、明に圧倒されてしまう結果となった。そのかわり中東方面は、エチオピアから戻ってくる前にバルカン半島の要塞をいくつか落せたのだが。
1630年、戦果は不十分だがマラッカと和平。
戦勝点も10までしか使えず、ジョホール、パハンの2州を割譲させるにとどまった。
明とのガチバトルで陸軍の被害は過去最高。しかし海軍はマラッカから大型船3隻を捕獲して8隻まで盛り返すという大戦果だった。
1633年、周辺国から盗賊国家呼ばわり
戦争した覚えのないオイラト Oirat などからも嫌われた。
1634年、ハンガリー攻略
マダガスカル攻略を終えたスペインの要塞の守備兵がゼロになっていたので、ハンガリー攻略を開始した。教皇領・スペインを共戦国に指定した。
恐ろしくて海辺には近づけない。大型船29隻って…
トルデシリャス違反の植民地を全部割譲させる
スペインには、問題となっていたトルデシリャス違反の植民地を全部譲渡させた。
しかし、アジアで権益が衝突しているため、外交関係はマイナス200のままで改善しなかった。
皇太子死す
30代半ばの皇太子が突然死亡してしまった。女帝は58歳だが後継者は7歳なので、孫なのではないかと思う。しかし本人も亭主も成人までもつかどうか?
建設ボーナス付きの皇太子が死んでしまったので、大学とプランテーションを一気に建て始めた。
スペインで叛乱軍が跳梁跋扈
唯一、イベリア半島に居たが、フランシュ・コンテまで追放していたスペイン正規軍11個連隊が戻ってきたようだが、叛乱軍を鎮圧し損ねて瀕死の重傷。
よく全滅を免れたものだ。
1640年、コンゴ攻略
スペイン戦争でルッカが金で雇ったベネツィア陸軍2万とのガチンコで、厭戦気分が2.5にまで上がったため、2年以上、大人しく国力涵養(叛乱鎮圧含む)に努めていた。
その間にパレンバンの外交併合もやっと終了、過剰拡張もほぼゼロに戻った。
コンゴへのスパイ網が90%に達し、脅迫しても頑として領土を譲らなかったので、領有権主張を3つプラスした上で開戦することとした。
攻略中に栄華が800貯まり、行政効率+5%の特典を獲得した。
絶対主義は前回の特典で毎年1ずつ上がる他、アジアやらハンガリーやらの占領地の自治度をポチポチ上げるつましい努力によって67まで到達した。
1643年、アユタヤを妨害
再び明の朝貢国となっていたアユタヤが隣国へ侵攻。
直接の利害はないが明一味の勢力拡大は望ましくないため、和平強要で参戦して勢力を削ることにした。
陸戦は快勝
アユタヤ陸軍も思った以上に多かったが、明と比べれば大したことはない。
海軍は相打ちで全滅
アユタヤの大型船8隻の捕獲をもくろんだが、うまくいかず逆に虎の子の大型船3隻を撃破された。虎の子といっても、初期型キャラック Early Carrak だけど。
マラッカ交易圏からの収入のおかげで平時なら月に200ダカット稼げるようになり、資金も余っていることなので大量に建艦することにした。
欧州で大型船・アジアで小型船に分けて、ほぼ全土で建艦しているのだが、それでも沿海の州が足りないので2隻ずつ注文している。
アユタヤ停戦
昔に領有権主張を付けた1州と賠償金を確保した。
明の隣に友邦を得る
助けたシーポー Hsipaw からは大変感謝された。
明と事を構えることとなった場合、寄港権や通行権を気前よく与えてくれるだろう。
明に攻め込まれる可能性もあるので、明とシーポーの両国にメッセージ監視設定をしておく。
つづく
ポルトガルAAR イベリアン・アップデートはカスティリャと仲良く(その6)
ここまでのあらすじ
トルデシリャス条約を無視して、スペイン勢力圏下の新世界に植民した結果、同盟を切られてしまったポルトガル。スペインは激おこのままだが、いつか再同盟を夢見て、ライバル指定はせずに我慢している。
教皇領の同盟も同じ理由で切られ、フランスには破門される危機に陥ったが、教皇庁支配者の地位を奪回して破門から逃れた。
いくばくもなく国王アントニオは死去し、鬼嫁が摂政となり次王の戴冠を待つ。
- 北アフリカは、チュニスを攻めたが同盟国のオスマンに圧倒されて、逆に1州を喪う。しかし態勢に影響はない。
- 西アフリカは、要塞のある開発の高い州は全部ポルトガル領となり、小国は概ね滅亡。ほとんど平定が完了した。
- 中央アフリカは、コンゴの内部に2国を独立させて弱体化。叛乱が果てしなく続いており、脅威は特にないが進展もない。
- 新大陸はスペイン、グレートブリテンに一部の領域の主導権を奪われはしたが、5つの地域に植民地国家を樹立、うち3か国は10州以上となった。
1592年、ポルトガルの現況
先代アントニオの行政君主力強化バージョンのジョアナ姫は14歳で、まもなくポルトガル初の女帝となる見込み。しかし母后の能力が凄すぎて、父より優秀なのに目立たない感じだ。
属国はカネム・ボルヌ、トンブクツ、マリ
カネム・ボルヌはすでに外交併合を開始しており、数年内に完了見込み。
トンブクツとマリは、ソンガイ領に中核州があるので、追い込みに使うつもりで属国としている。
いざとなれば、オスマンとの和平条件用にも使えるし。
同盟国はオーストリアのみ
ヌペには領有権主張を3州ばかり付けた後、マリ攻めの際に同盟を切った。
オーストリアはもはや神聖ローマ帝国皇帝でもなく、勢いはないが、とりあえず牽制くらいにはなるので同盟してある。
オスマンはハンガリーを食い潰して、どんどんウィーンに迫ってきたので 、そろそろ直接対決もあるかもしれない。
なおロシアがハートマークになっており、いつでも組める状況だが、ロシアが助けに来るとも思えないので同盟はしない。
アイデア ideas と制度 institution
人文主義 humanist はコンプしたが、アントニオの行政君主力ゼロが響き、まだ12レベルのまま。
活版印刷は金3000ちょっとで受容できるが、もっと安くなるまで粘っている。
アントニオ死去により、月間13の行政君主力が貯まるようになったので、次に上限まで来たら、活版印刷を受容した後、行政技術2レベルアップ、すでに上限値に張り付いている外交君主力を使って外交系アイデアグループを3つくらいとるつもりだ。
リーダ leaders
攻囲戦(攻城) +1、+2 がいるが、野戦の戦闘力はパッとしない。
提督は多分勤続20年くらいだが、英傑揃いだ。
諸身分 estates
君主力取引のときだけ、75%を超えるように制御しているが、普段はもはや気にすることもない。
陸路で攻められる国が無い…
オスマンは手が付けられない。というよりもスペインが同盟から外れているので、攻めたらポルトガルが前面に立つはめになるので攻めたくはない。
大英帝国(グレートブリテン)は、これまたポルトガル海軍が大型船3隻しかない状況なので、スペインかオランダと組んで海軍を抑え込まないと上陸も覚束ない。
しかし、スペインはトルデシリャス問題でマイナス200、オランダは向こうが大西洋に私掠船を送ってきているせいでポルトガル国民の不興を買っており、同盟ができない。
こんな感じなので、陸路で攻められる国しか選択肢がない状況となっている。
大型船を建造すればいいのだが、海軍は全て拿捕で賄ってきたので、できれば拿捕で済ませたい(金は2万もあるので、たんなるケチ)。
フランス・ブルターニュの停戦が切れるのは5年後だし…
スペインの同盟国を攻めて、スペイン領を掠め取るか?
再び同盟する日に備えて、歴史的盟友 histrical friend のボーナスは維持したいので、直接攻撃はしたくない。一方で、セビリャ、カディスなどを奪ってアフリカと繋ぎたい。
スペインの同盟国を調べてみると…トスカナだけだった。
共戦国に指定して引きずり出すとして、トスカナの同盟国はというと・・・
ハンガリー、サヴォイ。ハンガリーはもはやカモ状態なので、サヴォイ・トスカナ・スペイン3国相手にするなら成立はしそうだ。好意10貯めるのは難しいかもしれないが、オーストリア以外に、もう1国くらい同盟国が欲しいな。
貿易戦争でも仕掛けて、海軍だけ刈り取るか?
ようしオランダ…と思ったら大型船18隻もあった。
私掠船送るのやめてくれたら、同盟したいくらいだわ。
どうやらデンマークは海軍ゼロらしい。
海軍戦力調べていたら、どうやらデンマーク海軍はゼロらしい。
スウェーデンにボコられて、全滅したようだ。
開戦事由の一覧でチェックすると、一応、開戦事由ありとの表示だが、これはおそらく新世界にデンマークの植民地があるせいだ。つまり植民地戦争CBだと思われる。
ハンガリーは1年後に停戦切れ
いいこと思いついた。ハンガリーを攻めて、トスカナから無理やり1州奪ってミラノに隣接。そのあと破門されたミラノに攻勢をかける。これやがな。
さっそく領有権主張をミラノにつけよう。スペインは、トルデシリャス違反の新世界への植民が終わるまでは巻き込めないので、トスカナは共戦国に指定しないことにする。
お世継ぎはカス
年齢は5歳差しかないので、たぶん弟かと。
能力がカスなので、これは廃嫡しておいたほうが安全かもしれない。
国王14歳だからなんとでもなるだろう。
数年後・・・
威信50を払って廃嫡 disinherit したところ、数年後に新たな後継者が誕生。
1593年、ハンガリーは瞬殺できたがトスカナに敗れる
とりあえず3万集め、後詰は今から3万送る。敵は7千だけ。
ハンガリーを占領モードにした後、ミラノに通行権をもらってトスカナ攻略を開始。
しかしルッカに上陸した4万弱は、士気上げ不足でトスカナの9千に惨敗。
輸送船の方に退却してくれず、砲兵4千はトスカナの首都ピサ、主力2万8千は要塞フィレンツェに退却してしまう。砲兵4千のほうは、このままだと全滅は確実だ。
どうやら軍事レベルは向こうが15で、将軍の能力差もあり敗れたらしい。
幸い外交官も戻っていたので、ハンガリーと適当な条件で手打ちした。
結局トスカナの占領はできず、ミラノ侵攻計画は白紙に戻ってしまったが、これもアイアンマンの定め。また別の策を考えるとしよう。
1594年、要塞が無人のフランスを攻めることにした。
フランスとは停戦期間中だが、フランスはベネツィアと同盟しているので、巻き込むことはできる。
ポルトガルとスペインとの仲は最悪なので、もはやピレネーから南フランスへ侵攻するこはできないが、北辺からカーン・、サヴォイ経由で東から入ればリヨンはすぐに落とせるはずだ。
ということで、サヴォイと同盟する。
ミラノに国土を分断されており国力は無いが、橋頭堡としての価値は認める。
単なる偶然かもしれないが、要塞に兵を籠められてしまったので断念。
フランス周辺に陸軍を再配置し始めたのだが、フランスが要塞に兵を入れ始めたようだ。これでは短期決戦は臨めない…
・・・仕方ない、ハンガリーでも食いちぎるか。
しかし、ハンガリーとスペインが同盟してしまい、簡単には手を出せなくなった。
スペインはミラノとの同盟を切ったらしく、枠が開いており、意外なことにハンガリーと同盟した。こうなると、さすがにハンガリーを攻めるわけにはいかない。
これはこれで、今後スペイン攻めするのに使えそうな同盟関係ではあるが。
1594年、ついに活版印刷を受容することになった。
カエヌ・ボルヌの併合が終わり、外交君主力が上限に達した。
資金が3000以上もかかるが、活版印刷をとうとう受容することにした。
行政技術を14レベルまで一気に上げる。
4つ目のアイデアグループとして、外交 diplomatic アイデアグループを取る。
外交官が2名も増えるのが素晴らしい。
新女帝は貪欲 Greedy なのだが、これが役に立つイベントがあるとは知らなかった。
お小遣いゲット。1か月分の歳入程度の価値だが。
イラクを攻めているオスマンの背後を襲う準備を始める。
ハンガリーの大半とトランシルバニアを喰ったオスマンは、メソポタミア平原に建国されているイラク Iraq の攻略に向かった。
ティムールなどが敵方の同盟国であり、けっこう手こずっている様子だったので、背後から襲うことにした。
ハンガリーに付けてあったのだがオスマンに譲渡されたボスニアへの領有権主張と、アテネの領有権主張が使える。
スパイ網も70以上になっており領有権主張をさらに追加することもできるが、まずは弱体化が目的なので、張り巡らせたスパイ網は叛乱軍の支援に使うことにした。
支援した時点で40%に達しており、おそらくは丁度いい頃合いに暴発してくれるだろう。
チュニスの領有権主張が時効になっていたので、付け直す。
オスマンを直接攻めるよりも、チュニスを攻めて共戦国として巻き込んだほうが安全なので、少し時間はかかるがチュニスに領有権主張を付け直すことにした。
フランス方面から全軍をバルカン半島に戻しながら、チュニスの首都トリポリにも領有権主張を付けるなどしていたら1年くらい経ち、叛乱率も80%となった。いい感じだ。
1596年、満を持してチュニスとオスマンに宣戦布告。
チュニスに領有権主張を付け終わった。いざ開戦だ。
チュニスが当事国だが、オスマンは共戦国に指定して巻き込む。
ハンガリー分離主義者も蜂起
ダルマチアの隣の要塞を抜かないことには、バルカン半島に入り込めない。
砲兵10に攻城+2の将軍を付け、周辺には予備軍をしこたま集めて攻囲戦を進める。
来月か再来月には国境の要塞が陥落するという、絶好のタイミングでハンガリー分離主義者が蜂起することとなった。おそらくは右上の要塞近辺に湧くはずだ。
エジプト方面では、マムルク貴族叛乱軍にポルトガル陸軍が轢かれる
多分イラク戦争の余波で、ポルトガル軍もマムルクを通行できたので、2個連隊を陸路で送り込んだ。しかし運の悪いことに、たまたま通りがかったマムルク貴族叛乱軍に轢き殺されてしまった。
1597年にようやく、オスマン陸軍の第一波が来襲
まだ要塞が陥落していないという…なんというダイス運の悪さよ。
落ちろ、蚊トンボ!
どうやって、そこへ行ったのか?植民地の海軍がナイスプレー
援軍が今どのあたりにいるか分かるので、とても助かる。
1598年、ついにコンスタンティノープルを攻囲
オスマン陸軍と数回矛を交えたが、今回は数的に優勢であり、蹴散らすことができた。
ついに念願の首都コンスタンティノープル攻囲戦!
レベル4要塞で11,000名以上が必要だが、砲兵の効果はレベル2でも4でも変わりはなく、10,000の砲兵で+5の効果を最大限に享受できている。
1599年、アナトリア高原まで進出
オスマンの内線に入り込むにつれて、無視できない規模のオスマン陸軍の波状攻撃が重荷になってきた。そろそろ潮時だと思われる。
チュニス、オスマンと和平。
オスマン陸軍がチュニスの首都トリポリを攻囲し始め、陥落のリスクが高まってきた。
アナトリアでは、オスマンと兵力の削り合いの消耗戦が始まりつつあり、戦略的に意味がなくなってきた。
オスマンからはアテネ、ボスニアと賠償金2千強を奪って和平した。
チュニスは防諜網が強く、領有権主張が付けられないので、外交君主力は勿体ないのだが、トレムセン、カビリャ、フェザーンの3国を独立させた。
しばらく放っておけば、制度受容を目指して、巨大都市を開発してくれることも期待できるので、すぐには攻めないことにする。
世界各地にプランテーションを建設
資金が2万越えとなったので、一気に投資を行った。欧州方面は敵が来るかもしれないので、アフリカ中心に投資する。
1600年、ブルターニュ・フランス・ベネツィアと開戦
いかにも忍びの者らしいスパイ頭領 spymaster が居たので、交替させた。
外交官5名で、あちこちに領有権主張の魔の手を伸ばしている。
ベネツィアは防諜網が鉄壁で手が出せなかったが、ブルターニュ、フランスにはかなりの勢いてスパイ網が張れた。フランス要塞はガードが堅いが、ブルターニュのアンジューは無人要塞だったので、気を逃さず攻めることにした。
フランスは本土を捨てて、ポルトガル本土に大挙して向ってきた。
北方から攻め入ったときには、確かにフランス軍は近くにいたのだが、一戦も交えることなく引き揚げていった。
さっさと本土を見切って、全軍をもってポルトガルの首都を落しに来た。なかなか賢いな。
ベネツィアは無防備なダルマチア方面を席捲
ダルマチアに小型船36隻が閉じ込められたまま、要塞を落とされた。しまった!
小型船は5~6隻を沈められ、7隻を拿捕された。
フランス軍はすでにリスボンに来ているが、どうやら勝ったな。
リヨンまでは落とすことができた。リスボンが落とされると戦勝点の差が大幅に減るので、ここいらへんでフランスとは単独和平する。
ブルターニュからは本土の2州と植民地を奪取した。
ベネツィアは海軍が邪魔で首都に入れず、陸軍も4万弱をバルカンから本土に戻してきたのとぶつかり、ポルトガルは敗走させられた。賠償金と領有権主張の一部撤回程度の条件で個別和平。
1601年1月、世界貿易 Global Trade は北京(明)が発祥地に。
これはかなり屈辱だ。鎖国しているんじゃなかったのか。
しかし、全土に渡って斜め斜線が入っているので、もしかして伝播は早いのだろうか?
1604年、いよいよアジアに向かう
明の天命は100%で、周りに阻む者もなく順調に貢がせているようだ。
スペインはスマトラ島のパサイ Pasai を恐喝して、金山のある州などを巻き上がている。キルワ、ムタパなど東アフリカ攻略にも力を入れているようだ。
そろそろポルトガルもアジアに足掛かりを築いておかないと、スペインに先回りされてしまいそうで危ない。
太平洋ルートで兵力を送る
スペインに希望岬より先を抑えられてしまったので、寄港地が無いという意味ではインド洋ルートと大西洋・太平洋ルートに大きな差はない。
寄り道ついでに新大陸の掃討やら残った土地の探検やらができるという意味では、太平洋・大西洋ルートのほうが便利なので、西回りで4万近くの兵を送り込む。
ジャワ島のスンダ攻略
狙うのはマジャラピト王国を滅ぼしてジャワ島の支配者となっているスンダ Sunda とバリ Bali。
まずはスンダを脅迫して要塞のある本土の州を奪って陸軍主力をジャワ島に集めてから、同盟国のバリに宣戦布告。バリには隣の植民地から海峡を渡って攻め込む。
突然の大兵力に驚いたスンダは、出島に引き籠ってしまった。
出島の州は開発3しかないので、船1隻で海峡封鎖できるという手軽さ。
実は今回のアジア遠征の最大の目的は大型船の捕獲だったので、小型船40隻全てと大型船3隻をセビリャからマラッカ交易圏に回航し、移動6の提督をつけて戦っている。
スンダも大型船7隻を擁していたので、移動6の提督で狩りに行ったのだが、大型船ではなく小型船・輸送船を数隻捉まえただけで、7隻全て逃げられて終わった。
バリは併合、スンダからは先ほど脅迫した州の隣にもう1州を頂戴した。
途中でブルネイ、マサッカルなどがスンダにハイエナをしてきたが、出島に籠っていたスンダ陸軍16,000は全くの無傷のため、上陸したマサッカル、ブルネイ軍は全滅。
ポルトガルは高見の見物をしつつ、マサッカル、ブルネイを脅迫してそれぞれ1州ずつもぎ取った。さらにテルナテ、パレンバンにも領有権主張をつけ始める。
ここへ来て、再び教皇庁支配者の地位を奪回。
アジアは遠いので、外交官の戻りだけでかなり時間がかかってしまう。
1名でも外交官が増えれば、たいへんなメリットがある。
1608年、西アフリカのソンゲー討伐
ソンゲーは、瀕死のトレムセン(2州)とオスマンと同盟を組んでいるので、アジアから主力をすべて帰還させて持久戦に備える。
戻している最中、オスマンがマムルクに攻め込んだ。
2年後くらいに、さらにスリムになった。海岸沿いの州が首都なのだが、ここにはポルトガルが領有権主張を付けている。
一方、アジアではスペインは脅迫すらせずに、パサイに襲いかかる。
さきほどのキルワ攻略軍を、アジアに持ってくるのだろうか。
オスマンとの戦争も辞さない覚悟だったが、いざ開戦しようとしたら、オスマンは借金漬けのためソンゲーを救う気はないことが判明した。
ソンゲーが包囲網も呼びかけを始めた…が、運の悪いことに開戦直前だった。
ひとり包囲網ということになるw
ティンブクトゥ、マリに中核州を返還させ、ソンゲーは1州のみの国となった。
1609年、再びアジアへ。
対オスマンシフトでヨーロッパへ送り込んだ陸軍は、オスマンに参戦意欲がないため特にやることもなく、再びアジアへと取って返した。
スペインに攻められているパサイ、パレンバンに攻め込んだところ、スペイン軍はいなかった。代わりに居たのは、スペイン軍を迎え撃つべく終結していた3か国連合軍6万。
4万のポルトガル陸軍は数の差で敗れたが、パレンバンに向かわせた砲兵5千が攻囲戦を終わらせるだけの時間稼ぎはできた。
傭兵を連続生産して戦力を補充し、敵が占領モードに入るため軍を分けたタイミングで反攻を仕掛けたところ、ようやくスタックごと葬ることができた。
軍事レベルは3以上の違いがあるため、同数なら必ず勝てる。
海戦では大型船を3隻ほど捕獲し、ようやく7隻に増えた。
ジャワ島に広く領有権主張を有するパレンバンを属国化、マレー半島・スマトラ半島の海峡側に領有権主張を付けるために1州を自領として確保して足がかりをつくった。
つづく
同盟国を共戦国に指定したら、どうなるか?
自国の同盟国ヌペが、これから攻めようとしているマリの同盟国にもなっている。
このとき、ヌペを共戦国に指定したら、安定度低下などの悪影響はあるか?
特に副作用・悪影響はないようだ。
教皇庁支配者になると破門は撤回されるか?
カトリック国教で破門されると、唯一の取り柄の教皇庁影響力によるボーナスがなくなるため絶望的な状況に陥る。
現在プレイしている中で、トルデシリャスを無視してスペイン勢力圏に植民したら、スペイン・教皇領に同盟を切られた上、ライバル指定していたフランスが教皇庁支配者になったために破門されてしまった。
破門されたら教皇庁影響力は減るだけなので、まずは50使って外交評判+1を発効させ、残り40から3回分の影響力行使を行って当選確率15%まで上げた。
しばらくして、次回の投票があり見事に当選した。
教皇庁支配者になると破門は撤回されるようだ。
よかった、よかった。
とりあえずミラノでも破門しておくか。(負の連鎖)
ブルターニュに月末日に宣戦布告した場合、同盟国フランスの要塞は翌日に予備役解除されるか?
5月31日にブルターニュに宣戦布告した。
フランスがブルターニュに通行権を与えっぱなしにしているため、フランスはまだ参戦していないが移動指示ができる状態となっている。
翌日、ブルターニュの同盟国フランスも参戦となる。
しかし1日時点では、要塞は無人のままとなっている。つまり予備役は解除されない。
では遠慮なく、全ての要塞をタダ取りさせていただきます。
駆け抜けた後、自由に動けるように支配地域 ZOC 外の州までの移動指示を行っておく。2日には要塞の予備役が解除された。
ポルトガル機甲軍団による電撃戦。通過する州には1個連隊ずつ占領軍を落としていく。
9月頃、ナルボンヌの砲兵のみの攻囲軍がフランス軍に襲われ、救援は間に合ったものの砲兵隊は甚大な損害を被った。
すでに政略結婚しているのに、政略結婚のイベント?
スペインとはずっとマブダチで、もちろん政略結婚もしているのだが、
- スペインと政略結婚
- 独身を貫く Sought after Bachelor ことで年間威信 +1
の選択肢のあるイベント Wedding Bells が発生した。
まだ世継ぎがいないので、下の選択肢を選んでお家断絶などとなったら目も当てられない。上の選択肢(スペインと政略結婚)を選んだ。
見た感じでは特に変化はないようだ。
しかし、その後素晴らしい嫁と皇太子が現れたので、もしかするとイベントの効果なのかもしれない。