アフリカに介入したら、叛乱リスクがやたら高くて、ひんぱんに海上輸送で陸軍を送って鎮圧する作業が必要になってしまいました。
はっきりいってアフリカ内陸部は、交易ボーナスに関係のないところはとるべきではないです。
モロッコ南部からTUATに植民すれば陸続きでアフリカを移動できますので、まず大陸打通作戦から手をつけるべきでした。
1521年、ようやく打通作戦完了
あまりにも叛乱が発生するので、型落ち傭兵4,000名でずっと守護しながら植民しました。その間、5回は発生したと思う。
しかし、これで12,000の陸軍が通行可能な回廊ができた。
ティンブクトゥ、マリなど数か国を保護国にしているので、アフリカ西部はほとんど行動範囲になりました。