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※英語版に基づきます。日本語版の訳語は知りませんので、置き換えてください。

ポーランドに付き合って神聖ローマ皇帝と仲間たちをガチ攻めしたら不要な領土を譲られて包囲網組まれた

 

フィレンツェを外交併合した後、オーストリアプロテスタントに改宗。

その直後に同盟を切られてしまったので、空いた外交枠でハンガリーポーランドを同盟国にした。

 

しばらくするとポーランド神聖ローマ皇帝(ボヘミア)とその仲間たちに宣戦布告。
こちらも摂政政治でヒマを持て余していたので、参戦することにした。

圧倒的ではないか我が軍は

ポルトガルだけでも陸軍100個連隊以上いるという状況で、ポーランドだけでなくリトアニアまでも参戦。

各国を糾合した大軍で蹂躙し、ハンザの大半、クレーフェの全部、ザルツブルグ(1州)とリューネブルク(1州)の全部、ボヘミアの半分くらいをポルトガルが占領した。

一躍、北欧の暴れん坊へ

リーダーではないため個別の和平はできないことから、和平はリーダーに任せることとして放置。

その結果、ハンザとの和平では北海、バルト海沿いの旧オルデンブルグ、旧ブレーメン相当の2州を割譲され、リューネブルクは一発併合させられた。

すると、あっというまに過剰拡大60%、AEも一発で60以上に。

すでにジェノバやらフランスやらが加盟している包囲網にゾロゾロと加盟されてしまった。

行政君主力が惜しいので

行政技術レベルで遅れをとり始めているので、中核化はせず、さらに領土を拡大した上で属国を作って過剰拡大の解決を図ることにした。

目ぼしい獲物を探したら、隣のハノーファーが包囲網にも加盟せず、ブランデンブルグと、さっき和平したハンザのみを同盟国にして独立を謳歌していた。

摂政政治はあと2年ほど続くので、さっそく、これら3国に領有権を主張をつけた。

ピストン輸送が辛くなってきたので

輸送船も14隻では足らなくなってきたので、将来のインド攻略を見据えて、沿岸州の補給限界を調べ、上限49まで生産した。建造コスト割引キャンペーン中だったので少しオトク。

摂政政治が終わり、楽しい戦争タイムの始まり…のハズが

本国でカスティーリャ人の叛乱率が90%になったので開戦できず、陸軍で本国5州の不穏を押え込むために北海沿岸から陸軍70個を戻すはめに。

叛乱率をゼロにするまで9ヶ月かかるので、その間、アフリカに残してあったフェズを食べることにした。ヒマだから。

フェズを食ったら過剰拡大92%に

待ち時間を有効に使ったつもりだったが、併合すると過剰拡大がさらに増えるのを忘れていた。
フェズは近地扱いで、頑張れば自治を0%にできるから中核化しない理由はない。
結局、ここに行政君主力を260位使う羽目になった。全く余計なことをした…

不穏抑制完了、いざハノーファー

陸軍は132個連隊に増えたが、輸送船も49隻に増やしたので、戦略移動はずいぶん楽になった。
ブルターニュを経由すれば、陸軍の海上損耗もなく、2ヶ月で再配置できる。49個だと海上損耗だけで490名なのでバカにできん。
同盟国にして保護しておいて正解。フランスに食われたら困るので、いつまでも守る。
もっとも用があるのはコタンタン半島の先っぽだけなので、それさえくれればいいんですが。

オーストリア参戦で、さっそく泥沼

ポーランドと共同で、ハノーファーに宣戦布告。ブランデンブルグ、ハンザ(再戦)、ボヘミア(神聖ローマ帝国皇帝、再々戦)、アーヘン(1州)との戦争になった。
神聖ローマ帝国皇帝とその仲間たちの参戦は想定通りだったが、いつの間にかオーストリアが加わっていて、戦力比も拮抗状態に。

双方7万規模の会戦発生

ポーランドブランデンブルグを撃破する直前に54,000のオーストリア軍が到着。
ポルトガルも同数を急行させて対抗中。
戦闘正面をはみ出ております。

歩兵偏重が禍いして

平野での大会戦は騎兵、砲兵の数の比率の差が顕著で士気を削られ惜敗。敗走させられた。後列で待機していたテルシオ傭兵、意味なし。
こちらは3州ぶんの退却ですむが、ポーランド軍は東の地平線の彼方に逃げたので、その後の会戦は兵数でも劣り敗北した。
ハンザ領を1州は占領したが、このまま続けても勝ち目は薄いので、和平条件を探ると、リューネブルクの独立だけでいいらしいので、そのまま和平した。

オーストリアとの和平(7年分)チケット入手

リューネブルクは戦争中にカトリックに改宗させたので、プロテスタント諸国のどまん中に生まれた鬼子状態。早晩、どこかに喰われるだろう。

ポルトガルは敗戦したものの、中央ヨーロッパの主要な勢力との和平7年分を入手したと考えれば安いもの。

仕方ないので中核化

しばらくこの方面への戦争はなく、本土で再びグラナダ独立を目指す奴らの叛乱が間近になったため、きれいに全軍撤収。

自領で終戦を迎えた軍は船で本土へ、それ以外は徒歩でそのままリグリアの叛乱軍占拠地へ退却させた。

残ったオルデンブルクほかの領土は、仕方ないので中核化。行政君主力を結局のところ使う結果になった。