※英語版に基づきます。日本語版の訳語は知りませんので、置き換えてください。

ポルトガルAAR イベリアン・アップデートはカスティリャと仲良く(その8)

 ここまでのあらすじ

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1644年、ポルトガルの現況

ハンガリー攻略のさいにスペインと初めて干戈を交え、トルデシリャス違反で揉めていた新世界の植民地をまるごと強奪した。 

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トルデシリャス違反ペナルティは忘却が進んできたが、中核や領有権主張は撤回させていないのでスペインとの関係が改善するわけもなく、激おこ outraged 状態なのだが歴史的盟友 historical friend のままという微妙な情勢にある。

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お前の土地が欲しいぞ -200

果たして仲直りの日は来るのか。

他の大国の状況

スペイン、オスマンは(俺もだが)弱いもの虐めを続けてきたが、そろそろ虐める相手が枯渇したらしく、宣戦布告のペースが落ちてきた。

留守宅のオスマン、フランスを襲って勢力を削る準備はできているが、中々留守にはなってくれない。

ついに海軍に大規模投資

海軍はアユタヤとの相打ちで大型船 は1隻に討ち減らされ、仕方がないので大型船 36隻、小型船 200隻ほど建造することにした。さらにまだ60隻くらい作れる余裕があるので、制海権は問題なかろう。

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調子に乗って大量に就航させたら、船員が足りなくなってしまった。
今まで一度も建設したことのない乾ドック Drydock を作り始めるとともに、大型船はこまめに予備役 mothball にして船員の減少を抑えるマイクロマネジメントを行う。

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大型船35隻、小型船200隻を就航させると船員が足らない。

いよいよ明と決戦                   …か?

台中、台南などへの植民も終え、シーポーの好感度も上げた。
陸軍上限も276個連隊まで増え、平時の歳入も月200ダカットを超えた。

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アジアに勢力圏を確立。

仇敵 rival のオスマン、フランス、仇敵指定はしていないものの不満タラタラのスペインなど本土周辺はキナ臭いが、そろそろ明の切り崩しも始めないといけないかもしれない。

女帝と旦那は未だ存命

有能な女帝ジョアナは長命で、無能な年上の旦那とともに存命である。

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孫の成人が間に合ったようだ。

絶対主義は71に達する

33年前にはゼロだった絶対主義は、自治度の高い征服地の獲得と、自治度下げの地道な作業の繰り返しにより71に高まった。

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絶対主義は71にまで上がってきた。

同盟国はサヴォイ、オランダ

何かあったときの海軍力の穴埋めとしてオランダと同盟しているが、自分で建艦することにしたので用済みになっている。

何かの戦争で動員して好意を使い切ったら捨てるつもり。
外交枠も2つほど超過しているので。

属国は4つに減少

新世界の属国1つを外交併合して、植民地国家に合流させた。
しかしポルトガル本体が外交君主力を使った割に併合先は植民地国家なので、失策だったといえる。

クリミアとかパタニとかも、属国にしたのは本当に無駄だった。以後気を付けます。

商人14名で世界貿易の流れを完全支配

新大陸はセビリャに繋がっていないのだが、太平洋側に交易力転送を繰り返してマラッカで回収することで莫大な収益になった。

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マラッカで毎月40ダカット弱の歳入。

セビリャだとスペインと折半になるが、マラッカならそのデメリットはない。収入の絶対額では、アフリカ全土の歳入が集まるセビリャで 71ダカットだが、これは同額をスペインに貢いでいるので痛しかゆし。

商人は14名に増え、置き場所がなくなってきたので適当になってきている。

なお小型船を200隻建造したら、収入はセビリャを超えて70以上になった。

アイデア ideas と制度 institution

本当は外交系のアイデアを取りたかったのだが、属国併合で君主力が払底していたので行政系の革新アイデアを取った。

悪くは無いのだが、世界貿易 global trade の制度 institution は世界中で同時に拡散するし、資金も余っているので、技術コスト低減くらいしかネック解消になっていない。

返す返すも、要らぬ属国を作り過ぎた誤判断が悔やまれる。

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革新アイデア Innovative Ideas

リーダ leaders

すべて階級との取引で獲得しているので運任せ。格別良いのが出るわけでもないが悪くもない。

もう公海探索も終わったので海軍伝統も上げにくく、陸軍は数での勝負なので君主力を使ってまで出したくない。

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もはや植民という意味では無価値の探検アイデアではあるが、コンキスタドールを短い周期で引けるので将軍に困らないというメリットは感じている。

1646年、コンスタンティノープル攻略失敗

陸軍扶養限界いっぱいまで傭兵を雇い、コンスタンティノープル攻略に討って出た。
アジアではマラッカ、北アフリカではフェザーンなども敵方に付いてくる。

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数の暴力。

属国のクリミアを解放して、外交枠を空けた。作戦成功!…ちきしょうめ。
やはり遠征中でないと、オスマン攻略は難しいようだ。

1647年、ベッサラビアの爺いに政略結婚

女帝はついに70歳になり、何やら実績がアンロックされた。

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実績 Live Long and Prosper

亭主74歳に先立たれたので、後継者のいない君主を物色していたら、ベッサラビアの君主が69歳で後継者なし。

トルコとロシアの両方を睨む絶好の位置どりで、さっき解放したクリミアなんぞより、よほど役に立ちそうだ。あわよくば同君連合狙いで政略結婚を申し込んだ。

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ベッサラビアの君主は69歳(子無し)

1649、トンド攻略

明の朝貢国、ルソン島セブ島に陣取るトンド Tondo を攻略。

さきほど恩を売ったヒッポーに恩返ししてもらいたかったが、ヒッポーも明の朝貢国だったため、通してくれなかった。

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ヒッポーは通行権も寄港権もくれませんでしたとさ。

まあ条件付きの陸軍通行権は発動しているようなので、それほど時間はかからず上陸はできるので支障は無かったが。

インパール作戦でペグーの北から回り込み、明の本土を狙う。
一見うまくいきそうだったが、途中で明の大軍に鉢合せ。何この無理ゲー。

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ちょっと12万は無理。

トンド全土はたやすく占領したが、明のせいで戦勝点は14しか稼げず。
しかし絶対主義の効果で、トンドの2州は併合できた。

1649年、ベッサラビア継承戦争

マジで起きるとは思わんかった。ベッサラビア Basarabia の支配をめぐってロシアとの戦争。ロシア軍は全部で8万ほどであり、明と比べれば随分少ないので、援軍を次々送れば対抗できると判断。

ちょうどフランス戦でも仕掛けようと思って、50隻の輸送船を回航して20万ほどの軍勢を再配置の作業中だったので、5万の軍勢をフル積載した輸送船を黒海に送り、ベッサラビア近辺のオスマン領(なぜか条件付き通行権あり)に上陸させて首都攻略に向かわせた。

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ロシアのRの字のでかいこと。

ベッサラビアでの陸戦は、増援を5万ずつ増やして20万を動員して何とか勝った。

しかしロシア軍は、視界の外に後退していく。
いきなり大軍で迎え撃たれる危険があるうえ、ロシアの大地の損耗も怖いので、敵地に大軍をとどまらせずに、偵察しながら傭兵1個連隊で1州ずつ着実に占領していく人的資源節約の技を発動。西アフリカや中央アフリカの4%損耗地帯での戦い方と同じだ。

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西アフリカ仕込みの損耗レス侵攻。

占領用の傭兵は完全に運任せで使い捨て。敵に襲われたら瞬殺だが20ダカットなので問題ない。

1650年、女帝遂に逝く

ジョアン5世が即位した。スパイ網構築にボーナスがあるのは実に助かる。
しかし彼の真価は、移動5、攻城3の将軍でもあることだ。兵力の送り込みや攻囲戦ですごく捗る。

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スパイ網構築ボーナス付き。

ベッサラビアの権利は孫のジョアンに引き継がれたようで、戦争は終結せずに続行となっている。

工場 Manufactories の制度がフェラーラに興る

これは工場のある州に伝播しやすいようだ。全国に建てまくったので早速伝播が始まっている。

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工場 Manufactories

絶対主義の時代の特典3つめ

ろくな特典がないので、仇敵 rival との国境沿い要塞の維持費節約を選んだ。

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仇敵との国境沿いの要塞の維持費がタダ。

国境沿いというのは、陸地で隣接という意味らしく、海域を挟んで隣の場合には維持費はタダにならないようだ。

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モレア Morea の要塞の維持費はタダではない。

絶対主義も上限値90が射程内に入ってきた。毎年1ずつ増えるので、あと10年で自然達成となる。

1652年、ロシアは広かったが戦勝点99%まで追い込んで和平。

ロシア陸軍は存外弱く、ゾーンプレスしながら東へと押していった。
スモレンスク、モスクワを墜とし、ウラル山脈へ驀進。

砲兵は多いが歩兵は少ないようだったので、時々、陸戦を挑んだがオスマンほど強くはなかった。質の面では互角なので、軍事系アイデアはロシアも取っていないのかもしれない。

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とにかく数で押しまくった。

国土はやたらと広く、ロシア軍は要塞の隙間を自由に通過して浸透してくるので、うっとうしいことこの上ない。しかしオスマン戦のときに、連隊数が最大になるまで傭兵を50個くらい雇っていたため、浸透してくる敵を迎え撃つことができた。

欧州中央への足がかりを用意して和平

ベッサラビアの同君連合は当然として、あと40点ほどあるので、ポーランド再興を狙って両国に地続きにした。

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無理やりポーランドとシレジアに回廊を繋げた。

ポーランドは現在1州のみだが、シレジアに中核州をかなり持っているので、属国化からの中核州回収戦争でかなり実入りがありそうだ。ポーランドを関心のある州に指定して、ベッサラビアが領有権主張を付けるように誘導しておく。

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無事、同君連合が成立した。

しかし、すでに僭称者の叛乱軍が大量に湧いているので、まずコイツらをさっさと片づけないといけない。首都を落とされて同君解消なんてなった日には浮かばれない。

1653年、マラッカ・フェザーンブルネイ戦争

オスマンが別の戦争に手こずっており、同盟国マラッカ・フェザーンブルネイを助けに来ないことが分かったので、同盟国を剥がしにかかる。

マラッカだけは明も参戦してきたが、明も満州 Manchu と交戦中なので南方には兵を転用する余裕はなく、特に邪魔されずに攻略できた。

もっとも北辺の東シベリアの植民地にいた歩兵4個連隊は、満州攻略軍に全滅させられはしたが。

明には全く手出しできなかったため、戦勝点20強にとどまったが、スマトラ島をパサイに代わって奪回することができた。

1655年、オスマン・スペイン揃って摂政政治に

 向こうから宣戦布告されるリスクが無くなった。
いまのうちにフランス・ベネツィアなど無関係な国々の戦力を削ることにする。

オスマン国境に配備した大軍は全て撤収させるとともに、両国と同盟しているロードス騎士団に領有権主張を付け始めた。

プレイヤー厭戦により一旦終了

今回はそこそこ楽しめたが、ここから先はほとんど作業ゲーとなりそうなので、セーブファイルは退避させつつ終了とした。

前回は絶対主義をほとんど上げないまま、1616年で中断したので大分進歩はした。

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アルブケルケ追い抜きプレイは今回も出来なかった、というか希望岬すらスペインに取られてしまった。

良かった点

  • 地図の共有を使いこなし、世界各地への植民・進出を早期に行えた。
  • 西アフリカの金山確保は、かなり早くに行えて財政的に余裕があった。
  • セビリャ交易圏に新大陸が繋がっていなかったにもかかわらず、太平洋方面への交易力振り向けにより、マラッカで十分回収できることが分かった。
  • 人文主義イデアなどを的確に取れ、独立主義による不穏増大を抑え、叛乱軍による占領はほとんどなかった。外交アイデアもよかった。
  •  絶対主義の時代に入る少し前あたりから東南アジアに進出し、自治度が高い土地を大量に入手できたため、比較的迅速に絶対主義を90近くまで上げることができた。
  • ただの運ではあるが、ベッサラビアとの同君連合に成功した。
  • 階級の忠誠と影響力のコントロールは、一度だけ危うい局面はあったものの、総じてうまくいき、外交君主力200の獲得にも成功した。
  • 終始、敵対国への攻勢を維持できており、包囲網の形成は一度しか行わせなかったし、それもすぐに崩すことができた。

反省点

  • 不用意なトルデシリャス違反の植民により、教皇領・スペインから嫌われた。偶然にも次の教皇庁支配者の選挙に勝ったからよかったものの、万が一、破門が継続されていたら取り返しの付かない遅れとなっていただろう。
  • 外交君主点を節約しつつ、将来的には中核州奪回に使うつもりで、ティンブクトゥ、マリ、クリミアなどを和平時に強制的に属国にしたが、関係が悪すぎてティンブクトゥなどは未だに外交併合できていない始末だし、クリミアに至っては途中で諦めて解放した。
  • 属国を作りすぎて外交君主点をロスしすぎたため、取りたくもなかった革新アイデア(行政君主力使用)を取る破目になった。
  • またしても、宗教戦争に参加し損ねた。
  • 資金は腐るほどあるのに、けちって艦船の自費建造をしなかったため、ベネツィアオスマンの抑制に失敗した。